支部沿革

■関西支部の誕生

 関西支部は昭和26年1月の同窓会本部創立の同年9月25日に全国初の支部として創立、平成33年には全国支部の中で最初に70周年を迎える最も古い支部です。70年の歴史のスタートは昭和26年9月25日午後3時から神戸市の沖天閣で22人の多数の出席のもと盛大に開催されましたが、創立準備は神戸在住の岡村和倫(S24・米、当時・神戸税関)と浜本昭治(S24・米、当時・三共生興)の両人の尽力によるものでした。
 支部結成へのきっかけとなったのは、当時交通機関も現在の数倍の時間を要し、勤務の都合もあり北九州大学同窓会総会への出席も限られた人数となるためでした。そこで北九州大学同窓会の創立を機に、より多くの近隣在住同窓生が出席できるように関西支部を結成しました。

■関西支部の歴史と変遷

 支部結成後、支部総会の開催も世話役の業務の都合などで総会開催までには至らず、小グループの親睦会という形で推移しましたが、昭和34年6月30日、芳川信之支部長 (当時・千代田火災海上保険)、岡村和倫、金山千治 (S24・米、当時・大阪製鋼)、宮谷孝充(25・中、当時・入丸産業)が主となり、大阪「大乃屋」で38人の参加をえて支部再編のスタートとなりました。これが第2回総会でした。
 翌昭和35年8月には第3回総会が80人という多数参加で開催しました。
 以後、第4回は昭和37年6月、「梅田アサヒビル」で 80人、第5回総会は昭和38年5月23日、大阪「梅田ミュンヘン本店」で約80人が参加。芳川支部長の東京転勤に伴い谷口政彦(S24・米、当時・日本コンサルタント協会)を次期支部長に選出しました。
 第6回総会は昭和39年5月22日大阪「梅田ミュンヘン本店」で30人と少人数であったが盛会となりました。第6回以降活動は小規模と停滞期をへて再び再編の波が押し寄せ、第7回総会は昭和46年8月31日、大阪心斎橋の「サントリーラウンジ」に於て約50人の参加により開催しました。この会で仕事の都合上、谷口支部長が辞意を表明、野口四郎(S25・米、当時・サンスター歯磨)を次期支部長に選出しました。
 大きな変化は、昭和61年6月28日に開催された総会(100人余出席)で、会員数多数となってきたため、兵庫県在住者での兵庫支部設立が決定し、初代支部長には村山 昌生(S34・米、当時・ケイヒン港運)が選出され、近隣支部としての共栄を誓いました。
 その後、ほぼ毎年総会を開催し、各年代ごとの支部役員の努力と多くの先輩同窓生の努力・協力により、北九州地区地元支部及び関西に1年おくれて創設された東京支部と共に拠点支部となり、 現在に至ったことに後輩同窓生として感謝しています。
 また、平成6年には全国支部に先駆けて初めて女性の会を結成し、後に「コスモス会」と命名して現在も活動しております。
 さらに、平成11年の10月に全国支部で初めて全国総会京都記念総会を450名と多くの同窓生の参加により開催しました。当日は、新幹線神戸トンネルの壁の崩落事故がありまりましたが、無事終了しました。

■関西支部 支部長歴任

 岡村和倫、浜本昭治の準備により結成された関西支部は幾多の紆余曲折を経ながら、多くの先輩の努力により連綿と受けつがれ、岡村支部長を初代として2代は芳川信之(S24・中)、3代 谷口政彦(S24・米)、4代 野口四郎 (S25・専米)、5代 板野敏明(S39・商)、6代 戸田徳治 (S33・商)、7代 藤木隆寛(S29・米)、8代 岡村和倫(再任)、9代 小倉光輝(S31・米)、10代 河村芳彦(S28・米)、 11代 野口四郎(再任)、12代 馬場一栄(S32・商)、13代 渕田博彦(S35・米)、14代 中村一弘(S37・商)、15代 御堂隆輝(S47・経済)、16代 松尾祐嗣(S45・経営)、17代 大道久美子(S45・英文)、18代 吉元勝(S42・商学)の各支部長が歴任し、支部創立70周年を迎えようとしています。

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